ミニマリストなんてクソくらえ?

こんにちは、雨夏ユカリです。
皆さんは、ミニマリストになりたいと思ったことはありませんか?
「いや~、ミニマリストって宗教じみててちょっと……」みたいな人もいるかもしれません。正直、私もそう思っていました。今でも若干宗教感あるなと思う
「人の住む場所じゃない」と言われるほど私の家はヤバかった
私自身オタクだし本が大好きだし、家に山ほど本があったし、「物を減らす」ことに抵抗感があったんですね。読書家の例にもれず、「本を捨てるなんてとんでもない!」と言い続けていました。
ただ、問題点が一つありまして。
かつて住んでいた私の家が、物にあふれまくった本当にひどい場所だったことです。
どのくらいひどかったかというと、友人から「ここは人の住む場所じゃない」と言われるほど。さすがに言葉を選んでほしかった。
昔の私は、とにかくモノを貯め込んでいました。
授業プリントは全て取ってあるし、使わない腹筋マシンは押し入れに眠ったまま。
家中、見渡す限りモノだらけで、普通に生活するには狭すぎる空間でした。
ちなみに創作の最中も結構気が散ってイライラしてました。
で、ある時引っ越すことになったんです。
そこでこう考えました。「こんだけの物、持っていくのダルいな」と。
それと同時に「あれ? もしかして気を散らすものを捨てるの、今しかないのでは?」と。
別にミニマリストになりたかったわけではなく、純粋に邪魔なものを処分したかっただけなんですね。
で、引っ越しの際に家の物を8割捨てました。
ちなみにこの “8割” は若干の誇張ですが、あまり間違ってはいません。
40リットルのゴミ袋10袋分は燃えるゴミに出し、残ったモノも業者に頼んで処分。
正直、ゴミ袋を買う前に業者に頼めばよかったと後悔しましたが、とにかくモノを減らしたのです。
その結果、部屋の中のゴミだまりは抹消され、快適な空間がやってきました。
今私の部屋にあるのは机、本棚、ベッド。以上!
さすがにこれだけではないですが、ほとんどこれだけ。
これがおおよそ三年前の出来事です。
そこから「物を少なくする」ことの良さに気づいて、今でもミニマリストっぽい生活が続いています。
その三年間の生活から分かった、オタクとミニマリストの相性、メリット、デメリットについてお話していこうと思います。

オタクとミニマリスト、結構相性悪そうな気がするけどね

昔、断捨離でプラモを捨てられた話見たときすごい嫌だったなぁ

グッズたくさんの家こそオタクの家! みたいな感覚あるよね
オタクがミニマリストになるメリット3選

前置きが長くなりましたが、私はオタクやクリエイターこそ、モノを減らすメリットが大きいと考えています。
私自身、大量のモノを捨ててミニマリストっぽくなりましたが、そこそこメリットを感じています。
今でもなるべくモノを増やさないよう心がけるようになりました。
例えばボードゲーム。
私はボードゲームが趣味なんですが、手持ちは9個までと制限し、新しく買うときは1つ手放すルールを作りました。
他にも使わないモノは積極的に手放し、驚くことに引っ越してからも家の中のモノは減る一方です。本が持てないなら電子書籍にすればいいじゃない!
「モノが多い生活」と「モノが少ない生活」両方を経験した私が言えるのは、「モノは少ない方がいい」ということです。
これはあまり賛成してくれる人も少ないかもしれませんが、わりと昔から言われていることでもあります。最近では科学的研究でも裏付けられていますし、某タレブ氏も「少ないほど豊か、という考え方は古典に通じる」と言ってます。
実際、「God is in the details(神は細部に宿る)」で有名なミース・ファン・デル・ローエっていう建築家もこんな風に言っています。
「Less is more(少ないほど豊か)」
Ludwig Mies van der Rohe
もちろん、ミニマリズムが万人に合う最高の思想だ、と言いたいわけではないです。洗濯機すら持たない極端なミニマリズムとか、他人の物を勝手に捨てる断捨離狂人とか、あまり近寄りたくないと感じる人々もいます。
ですが少なくとも現代人はモノを持ちすぎている。
CMをはじめ、モノを買わせようとする誘惑があふれています。カスです。自分では絶対使わない押し入れの肥やしを売るなインフルエンサー共!
そんな消費社会の中で、オタクやクリエイターがモノを減らすと、どんなメリットがあるのか。
そのメリットは、主に3つあると私は考えています。
1.最高のグッズを買い、最高の体験が手に入る
2.自分の性癖を深掘りできる
3.純粋に幸せになり、クリエイティブになれる
順を追って解説しましょう。

なんかあんまりミニマリズムと関係なさそうなメリット来たね?

自分の性癖とミニマリズムとか、まったく関係なさそうだよね
メリット1.最高のグッズを買い、最高の体験が手に入る

オタクがミニマリストになる1つ目のメリットは、「最高のグッズを買い、最高の体験が手に入る」ことです。
これはつまり、「自分の満足」に貢献しないグッズを買いすぎていないか?という話です。
私たちはオタクなので、好きな作品のグッズが出れば欲しくなるし、新作ゲームも発売日に買いたくなります。キャラが出たらガチャを回したくなります。
でも、ここで大いなる問題があります。
本当にそんなにグッズは必要か? ゲームは積みゲーにしていないか?
クローゼットの中には、買ったはいいが使っていないグッズが眠っているのではないか?
ここで問題なのは、私たちがグッズやゲームを買うのに使っている「お金」とは、すなわち作品を楽しむための「時間」だということです。
「お金」とは、すなわち「時間」なのです。
これはどういうことかというと、私たちはお金を稼ぐために「労働」というやりたくもなんともない行為をやっています。
それによって、「労働した時間」を「お金」に変えているのです。
つまり、私たちは「自分の大切な時間」を使ってグッズ、ゲーム、本などを買っているわけです。が、もしこれらが「自分の満足」に貢献せず、押し入れの肥やしになっているとしたのならば。
私たちは押し入れの肥やしのために時間を使い、皮肉なことに、そのせいで肝心の趣味に時間が割けないという非常に悲しいループに陥っていることになるわけです。
本末転倒としか言いようがありません。
「お金を払う」ということは、すなわち「時間を払う」ということです。
だからこそ、物を買う量を減らすことが効果的なんです。
本やゲーム、グッズを買う量を絞ればお金が浮きます。お金が浮けば、仕事をする時間を減らすこともできるでしょう。
「いやいや私はフルタイムで働いているから、別にお金を減らしても労働時間は変わらないが?」と思う人もいるでしょう。が、これは考え方次第です。
例えば、そのお金をNISAや貯金に回し、早期リタイアできれば人生全体で使える時間は増えるでしょう。あるいは、家事代行サービスや家事の時短家電にお金を使えば、その分の時間が手に入ります。
お金を時間に使うことで、私たちは何より大事な趣味・創作の時間を手に入れることができるのです。
「DIE WITH ZERO」という本でこんなことが書かれています。
莫大な時間を費やして働いても、稼いだ金をすべて使わずに死んでしまえば、人生の貴重な時間を無駄に働いて過ごしたことになる
Bill Perkins
「もっと働けばよかった」「もっとお金を稼いで欲しいものを買えばよかった」なんて後悔しながら死んだ人はいない。
みんな「もっと時間があればよかった」「働きすぎず、自分のやりたいことをやればよかった」と言って死んでいく。
だから、いつか読む本、いつかやるゲーム、クローゼットに眠るグッズ……。
そんなものに使う「時間」はめちゃくちゃ無駄なのです。
だって、「もっとたくさん働いて、もっとたくさん読まない本や積みゲー、押し入れのグッズを増やせばよかった」と言って後悔して死ぬ人間なんて、全世界に存在しても1人くらいしかいないはずです。
これは別にグッズを買うのが悪いというわけではなく、あくまで「自分の満足」に貢献しないものにお金を使うのはやめよう、という話です。
例えば、グッズを飾って眺めることが何よりも至福なら、そこにリソースをぶっこむのは最高の行為だと思います。買うのをやめよう、といってるのはあくまで「押し入れに入れて存在を忘れてるグッズ」の話です。
もちろん、「クリエイターのためにお金を使ってるんだ」という人もいるかもしれません。いわゆる「お布施」というやつです。それ自体はめちゃくちゃ素敵な行為だと思います。
でもそれは、あなたの大切な時間を削ってまでやることなのでしょうか。これに迷いなく「はい!」と答えられるなら、たぶんお布施が「あなたの満足」に貢献しているので何も問題ないです。そんなあなたは本当に聖人だと思います。
でももし、少しでも迷うのであれば。
持ち物を絞り、買う数を絞ることで、お金と時間に余裕を作れます。押し入れにある見もしないグッズよりも、浮いたお金を突っ込んだ「バカ高い推しのフィギュア」を飾るほうが、なんかかっこよくないですか?
あるいは、 浮いた時間で、読書やゲームなど、自分が本当に好きで楽しくなれることに使えるほうがよくないですか?
あるいは、浮いたお金で「バカ高い推しのライブ」みたいな行くのを躊躇しがちなものにリソースをぶっこみたくないですか?
これが、物を持たないことで「最高のグッズを買い、最高の体験が手に入る」ということなんです。
これこそ、オタクがミニマリストになる1つ目のメリットです。

死ぬときに金を残したら、ただ働きしたのと同じこと……う、うわぁ……

普段あんまり意識しないけど、改めて説明されると心エグられるね

命を燃やして手に入れるお金・時間って考えると、ちょっと切なくなるね
メリット2.自分の性癖を深堀できる

オタクがミニマリストになる2つ目のメリットは、「自分の性癖を深堀できる」ことです。
要するに、「自分の好きなものについてとことん考えられる」ということです。
好きなキャラを10人選べと言われたら、「このキャラも好きだし、あのキャラも好きだし……」といろいろなキャラを選べるでしょう。
でも、もし1人しか選べないとしたら?
その時選ぶのは、自分の性癖を極限まで深掘りした、最高のキャラクターになるはずです。
私の場合、『青春ブタ野郎』シリーズの牧之原翔子さんです。
なんで翔子さんなのか?
それは私が「現実のままならなさを受け入れたうえで、それでもなお自分の信念に命を懸ける存在」が好きだからです。でもこれも、「自分の好き」について深く考えないとわかりません(このラノの投票で私はそのことに気づきました)
これはキャラクターだけではなく、物や体験でも同じことです。
たくさん持っていいなら、自分の趣味嗜好をあまり考えずに詰め込みます。
でも、1つしか選べないなら、自分の性癖をとことん突き詰めて考えるしかないじゃないですか。
つまり、持つものを絞ることで、自分の性癖が見えるようになるのです。
で、性癖を深堀できると何がいいのか?
性癖が深まると、好きなキャラに出会いやすくなります。
これはシンプルで、「自分が好きなキャラはこんなキャラ」と理解できると、「饅頭怖い」理論も相まって好きなキャラに出会える確率が上がります。
そして何より、クリエイターなら他人にぶっ刺さるキャラも作れるようになります。
これはどういうことか?
創作するうえで、「視点の深さ」や「視点の幅」というのは結構重要です。ジャンケットバンクでも「ギャンブラーの強さは視点の多さだ」と言われています。クリエイターとギャンブラーを一緒にするな。
なぜなら、ほかの人が「おぉ!」と思うようなシーン、考え方、キャラクターを作るためには、人とは違った視点で物を見る必要があるからです。
小説家ジョナサン・サフラン・フォアもこのように言っています。
偉大な作家とそうでない作家を区別するものは、センスだ。(センスとは)自分自身が何に反応するかを知り、自分が何かに強く反応すれば、同じように強く反応する人が世の中にいるはずだと、飛躍的に信じることである。
また、私の好きな画家であるモネについて、近代絵画の父セザンヌはこう言っています。
「モネは眼にすぎない、しかし何と素晴らしき眼なのか」
これはどういうことかというと、モネは現実を写実的にではなく、自分の見た「印象」として描いた画家なんですが、その「印象」、すなわち「現実の見方」が素晴らしすぎる、という話です。
モネみたいにほかの人が思わずうなるような現実の見方をするのは簡単ではないです。
だけど、自分の「好き」、すなわち「性癖」を掘り下げることができれば。「自分が何に強く反応するか」を突き詰められれば、その結果、思わず人を引き込むような性癖博覧会ができる可能性が高いわけです。
性癖を深堀できるとクリエイターには有利、というのは分かったけど、自分は見る専なので関係ないや、みたいな人も多いと思います。
でも、そういうオタクにも性癖の深堀りは有効です。
深掘りは、時間を無駄にしない体験を選ぶ上で非常に役立つからです。
自分が本当に好きなものがわかれば、そこだけにリソースを集中できるようになります。
前述のとおり、現代は選択肢がとにかく多いです。
そして、私たちは欲張りなので、ついついすべてをやりたくなっちゃうんですけど、時間は限られているわけです。一生は4000週間しかないんです。
その中で本当に満足したいと思ったら、それはもう、最高の体験以外を泣く泣く切り捨てるしかないんじゃないか、と思います。
極端な考え方だと思うかもしれないですけど、例えばバーベキューと読書だったら私たちはたぶん読書をとるじゃないですか。
で、ウェーイって人たちに交じってバーベキューを10回やる満足度よりも、たぶん読書1回の満足度のほうが高いじゃないですか。
つまり、自分にとっての最高の満足度をもたらす体験に集中しないのは、読書に行かずにウェーイなバーベキューに行ってるようなものなんです。
でも、ウェーイなバーベキューに10回行ったとしても、最高の性癖にぶっ刺さる作品を1回見た満足度に勝てないんです。
だからこそ、「自分にとって最高の性癖とは何か」を知っておくことは大事だと思ってます。

つまり「負けヒロインが好き」って私の性癖をさらに掘り下げれば最強ってこと?

まぁ、負けヒロインが出てこない作品を読むよりは
出てくる作品のほうが良いってことじゃない?
メリット3.純粋に幸せになり、クリエイティブになれる

オタクがミニマリストになる3つ目のメリットは、「純粋に幸せになれる」ことです。
そしてついでに、私たちが求めてやまない「クリエイティブさ」を手に入れることができます。
モノを減らすと、幸福度が高くなる、というのは最近の研究でも言われていることです。
これは不思議に思えるかもしれませんが、結構シンプルです。
モノを少なくすると、自分が一番好きなことにより多くの時間とお金、労力を注げます。
さっきも言いましたが、私たちみたいな人種にとって、陽キャ風バーベキューに10回行くより、大好きな作品を1回じっくり楽しむ方が絶対に幸せです。
つまり、性癖を深掘りし、好きを極めた結果、一番好きなグッズ、品物、体験だけで自分の生活が埋め尽くされるようになります。そりゃ幸せになってもおかしくないでしょう。
どうでもいいことを排除していくのがミニマリズムの本質なんです。
ファッキンなバーベキューみたいな、どうでもいい誘惑を抹消していくんです。
バーベキューは極端ですが、読んでてイマイチだった本を最後まで読み通すことや、セールに負けて買った読まない本などは、実質陽キャのバーベキューです。そのリソースがあるなら、超好きな作品をもう一度読んで、より深い考察をする方が絶対楽しいはずです。
好きなものに没頭することで、純粋に幸せを感じられる。
物を減らすことは、そういう体験を増やすことにつながるのです。
また、物を減らすことで、消費社会の誘惑から自由になれるというメリットもあります。
「たくさんグッズを買わないとオタクじゃない」とか、そんなバカバカしいプレッシャーから解放されるのです。
「ファンである」とは心の在り方であり、「グッズを買わなきゃファンじゃない」なんてことはないんです。
そして、幸せな人間はクリエイティビティが高まるという面白い研究があります。
なぜなら、幸せになると気持ちがオープンになり、その結果、突拍子もないアイデアを受け入れられる可能性が高くなるからです。
要するに、自分が幸せで余裕じゃないと「お、そのアイデア面白いね」みたいになれない、というとわかりやすいかもしれません。
なので、クリエイティブさのためにも幸せになることは結構重要なんですね。

クリエイターの中には、クリエイティブさのためなら悪魔に魂を売るって人も多そう

わかるっ! 私もプリン食べるためなら悪魔に魂を売るよ!

……? それなんか違くない?
まとめ

現代社会は消費の誘惑にあふれていて、私たちは無意識のうちに物を買い込んでしまいがちです。
インフルエンサーもCMもSNSで自慢する人たちも、みんなみんな同じメッセージを発しているんです。「買え、もっと買え、そして課金しろ」と。私もスタレの課金圧に負けそう
でも、本当にそれでいいのか。
・家の中に使わないグッズ、読まない本、やらないゲームがあふれ、お金と時間は減っていく生活。
・自分の好きなことを突き詰めて、そこだけにリソースを集中投下する生活。
皆さんはどっちが良いですか?
私は、自分の好きなことに没頭する人生を選びました。
以前はグッズを買いあさっていた時期もあったので、それを否定する気持ちはありません。でも、正直、その昔に8万円払って買ったグッズが押し入れの肥やしになっているのを見ると悲しくなってきますし、「そのお金あったら何冊本買えたんや……」「紲星あかりちゃんのボイス買えたやん……」みたいな気持ちになります。
これは別にグッズを買うことを否定しているわけではなく、「私は創作にリソースをつぎ込みたいということが分かった」というだけの話です。
もちろん、グッズ集めが生きがいという人もいるでしょう。
でも、本当にそれが自分を満足させてくれるのか、一度立ち止まって考えてみるのも大切です。

要は満足度を最大化させるものにリソースを突っ込め! って話なんだね。

お姉ちゃんのまとめ方がすごく賢そうに見える……!

ふふん! まぁね!
ミニマリストのデメリット

さて、ここまで読んだうえで皆さんはこう思ったことでしょう。
「ミニマリズム教の布教乙。でもデメリットについて触れなさすぎでしょ」と。
あまりに正しいです。実際、ミニマリズムにはデメリットもあります。
その最たるものが、「行き過ぎたミニマリズムは不幸につながる」ということです。
これは何もおかしな話ではなく、例えば、「家の中の物を10個以下にしなければならない」と極端なルールを設けてしまうと、かえってストレスを感じます。
よくミニマリスト系Youtuberが「洗濯機などいらぬ!」みたいに言っていたりしますが、そんなことは常人には不可能です。もちろん私だってやりたくないです、文明の利器最高!
作家の周藤蓮さんも、著作「賭博師は祈らない」の中で以下のように述べています。
「決まりごととはいつだって自分を傷つけるものだろう?」
要するに、厳格なミニマリズム教の宗教戒律を作ってはいけないということです。
これは研究でも言われていて、「行き過ぎたミニマリズムは幸福を阻害する」と出ています。
ミニマリストになる目的は、自分にとって「本当に大切なもの」を見つけ、それに集中することです。推しにリソースをぶっこみ、ほかを切り捨てることです。
だからこそ、自分に合ったミニマリズムのレベルを見つけることが重要なのです。
例えば、モニターの数。
極端なミニマリストはこう言うでしょう。「モニター? 1つもいらないね」と。
でも、効率を上げるために複数ほしい人もいるでしょう。私はデュアルモニターにして死ぬほど感動しました。二度とシングルには戻らぬ。
なんなら、「モニターの枚数は13枚がちょうどいい」とかいうモニターマニアもいることでしょう。
これは、人によって異なるのが当然です。
ミニマリストを他人と比べる必要なんてないんです。そして、昔の自分が作った戒律に縛られる必要もないんです。状況に応じて柔軟に変えればいい。例えば、昔はモニター1枚でよかったけど、イラストを描くようになったから3枚ほしいとか、全然アリなんです。
グッズもそう。
家に好きなフィギュアを飾ってもよいんです。大好きなキャラの最高のフィギュアを1人飾るのが良いか、三人が良いか。そんなの人それぞれで、自分が満足する数を探せばいいんです。
結局、自分にとって最適な環境を作ればいいんです。
ミニマリストを目指すなら、自分を極端に制限するのではなく、自分にとって本当に大切なものを見極め、そこに集中することが肝心です。
物を減らすことだけがミニマリズムではないのです。
以上が、3年ほどミニマリズムを体験して分かったことです。
この経験や考察が皆様のお役に立てれば幸いです。
それでは、良い創作ライフを!

結局、何事も「ちょうどいい」のが一番ってことだね

お姉ちゃん、「じゃあ私はこのままでいいや」とか考えてない?

うっ! そんなことないもん!
私だって少しだけ物減らしてみよって思ったよ!

えらい!
でも、最初から頑張りすぎず、一緒にちょっとずつやっていこうね
参考文献

作者が参考にした本の中で、面白かったやつを紹介するって!

より詳しく学びたい方は、ぜひ読んでみてください
より少ない生き方
著者:ジョシュア・ベッカー 翻訳:桜田直美

頑張りすぎないミニマリズムを目指すための入門書。
ガレージには山ほど物がたまり、その片付けのせいで息子と遊ぶ時間すら取れなかった作者は、ある日「モノ、多すぎじゃね?」と気づく。
そこから、夫婦で話し合い少しずつ物を減らしていく中で、「この生き方のほうがよくね?」「大量消費社会ってクソだったんだ…」と気づき、その考えをブログに乗せて発信していたらいつのまにか本が出版されていた、という経歴の本。ブログを書いてたら本の出版につながるなんて、私からしたら非常にうらやましい。
ミニマリズムとは物を減らす作業ではない、という基本を教えてくれる本。
DIE WITH ZERO
著者:ビル・パーキンス 翻訳:児島 修

「資産をゼロにして死ね!」という驚異の提案をしてくる一冊。
「人生で一番大切な仕事は思い出づくりである。なぜなら、死ぬときに持っていけるのは心の中にある思い出だけだから」という思考をベースにして書かれた本。現代人は「働いて老後のための資金をためる」ことが奨励されているけど、「老後の病室で過ごす一週間のお金のために、若い時の時間を犠牲にしていいのか?」という恐ろしい問いかけをしてくる。
「未来のため」に今を犠牲にしまくっている私たちを「中庸」に戻してくれるための本。若干極端なのですべてを鵜吞みにするのもどうかと思うが、この本を全く考慮しないのも確かにまずいと思わせてくれる。
賭博師は祈らない
著者:周藤蓮 イラスト:ニリツ

小説。しかもライトノベル。
間違いなく参考文献の中では一番読みやすく、6巻完結かつ少し前の作品なので非常に安いうえに面白い。作者は好きすぎて3回は読み返している。
「祖父の教え」を大切に生きてきたギャンブラーが、少女と出会い、その少女が自分の大事にしてきた「教え」よりも大切な存在になってしまうことに苦しむ話。「自分の大事なもの」のために、「別の大事なものを捨てる」こととどう向き合うか、自分にとって本当に大切なものは何か、という問いかけを読者にたたきつけるため、実質ミニマリズムの本といっても過言ではない。
リンクは張っておくものの、普通に買うよりもブックウォーカーの読み放題で読んでしまったほうが(ライトノベルをよく読む人にとっては)良い選択肢かもしれない。
次回「物を減らすためには実際何をしたらいいの?」について解説しています。



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